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今月の講師メッセージ

<2019年1月第3週>
高崎校 室長 小川 真一郎

 
「年初めに出会った言葉」
 
毎月、ある出版社から送られてくる今年初めてのメールに、次の言葉がありました。
 「三つの幸せ」というもので、会社の社長さんの言葉だそうです。
この三つの幸せとは、
 
①「してもらう」幸せ
 わたしたちは生まれてから、お腹がすいて顔じゅう口みたいにして大きな声で泣くと、お母さんがお乳をくれます。おしめが濡れて泣くと、おしめを取り替えてくれます。抱っこしてもらいたいと思って泣けば、抱っこしてもらえる。
抱っこしてもらったり、お乳をもらったり、おしめを取り替えてもらうと、いままで顔を真っ赤にして泣いていた赤ちゃんは泣き止むというふうに、何かをしてもらうとうれしい。
 これが「してもらう」幸せです。
 
②「できるようになる」幸せ
 三つくらいになると、それまで母親から食べさせてもらっていたご飯を自分で食べたくなります。母親が食べさせようとすると、お茶碗と箸を取って、自分で食べようとします。
 いままでできなかったことができるようになるとうれしいから、ご飯をポロポロこぼしながらでも自分でたべるようになります。
 もう少し大きくなると、自転車に乗れる、鉄棒ができるようになる、学校で跳べなかった跳び箱が跳べるようになるというふうに、いままでできなかったことができるようになると、うれしくてとても幸せなものです。
 そういうふうに、いままでできなかったことが「できるようになる」幸せがあります。
 
③「してあげる」幸せ
 この3番目がいちばん大事ですが、わたしたちが親から何かを頼まれて、それをやってあげると、親は非常に喜びます。
 あるいは、友達に何かをしてあげると、友達が喜ぶというふうに、「何かをしてあげる」と、人がとても喜びます。
 そして、人が喜んだ姿、喜んだ顔を見たときに、自分が幸せになります。これがもっとも大事な幸せです。
 いつも人に何かをしてもらわないと幸せになれない人、それから自分さえできればいいという考え方のような人は駄目で、人に「何かをしてあげる」幸せが大事だということです。
 この三番目の幸せを感じるようになると、どんどん人生はよくなっていくとも書いてあります。
 どうしてよくなっていくかというと、この「してあげる」幸せのできる人の周りには、非常に善良な、「人のいい」人たちが集まってきて、そのいい人たちと人生を送るようになるからだそうです。
 
 2019年の初めにあたり、いい言葉に出会えました。
 


<2018年12月第4週>
東所沢校 室長 関 智之

 
「試練は人を強くする」
 
今年度は例年以上に自教室の塾生や塾生の身の回りで大小さまざまな事が立て続けに起きています。
それも良いことであれば問題はないのですが、悪いことが続いています。それは塾生にとってはすなわち試練・困難を示します。
その中で激励もこめて現中3のAさんの件を紹介することにします。
Aさんのお母さんから連絡があったのは中3の授業のある12月初旬の日でした。お母さんは動転しきった様子で、「主人が倒れて入院したので、その日の授業を休むかもしれません」との内容でした。入院の原因となった病名はここでは伏せることにしますが、命にかかわる病気でした。
私の両親はありがたいことにまだ健在で、いまだAさんのような状況に出遭ったことがないので、そのときのAさんの心境は想像することしか出来ません。ですが、元気だった家族が突然命にかかわる病で入院したという事実を受け入れるのも大変だと思うし、「どうして?なんで?」と答えの出ない疑問を心の中で繰り返し、また漠然とした将来に対しての不安が一気に襲い掛かってくるような心境なのだろうと思いました。
とうていその日は、塾に来るのは無理だろうと思っていましたが、Aさんは来てくれたのです。
まさか来られるとは思っていなかった私は、正直最初どう声をかけてあげればよいかわかりませんでした。授業中も他の生徒がいる手前いつもと変わらない風を装っていましたが、やはりAさんのほうを見ると、時折何とも複雑な表情を見せていました。詳しい状況を聞くわけにもいかず帰るときに「頑張ってね」と一言声をかけるとAさんは力強くうなずいてくれました。その姿に彼女の非常に強い決意を感じました。
後日、詳しい状況や、どんなお父さんだったのかを話してもらったところ直接「良いお父さん」と言う表現はなかったものの十分家族の大黒柱として、皆から慕われているお父さんであることがうかがい知れました。
一緒に話をした数日後、Aさんのお父様は治療の甲斐なく亡くなってしまいました。いろいろ話してくれたときにもAさんに伝えたのですが、今もこれまでもお父さんが一番願っていることは「受験に合格すること」だと思います。受験生にとっては受験そのものが人生で初めての試練らしい試練だと思います。Aさんはそれに加えて今、降って湧いたような不幸の真只中にいるかもしれませんが、立ちはだかる試練が大きければ大きいほどそれを乗り越えたとき人は強くなると言うことを先人たちが示してくれています。どうか、Aさんも持ち前の忍耐力でこの困難に果敢に立ち向かっていってほしいです。そしてそこにいたる過程で他の生徒に対してもですが、私自身もサポートを惜しまないつもりです。
そして来春は一回りも二回りも皆が、人間的に強くなることを期待しながら、受験までの日々を生徒と一緒に闘っていきます。



<2018年12月第3週>
東久留米幸校 室長 福永 浩之

 
「諸君、狂いたまえ」
 
吉田松陰が弟子達に語ったものとして広く知られる言葉です。「志を遂げるには、現状に満足することなく、常識という壁を打ち壊すべし」といった意味で捉えることができます。スティーブ・ジョブズの名言“Stay hungry , stay foolish.”に通じる部分があるようにも思われます。
 
ある国の言葉には「理想」という言葉の同音異義語に「異常」があるそうです。“理想”を実現するためには、「これまでこれで良かったから、こうやってきたから」、という枠を一度取り払ってみることも必要なのかも知れません。
 
世の中は確実に変わっています。そう遠くはない将来、車も空を飛ぶようになるでしょう。勉強に限らず何事においても、一つ上のステージに上がろうとするなら、“常”とは“異なる”行動をとるべきではないでしょうか。それも本気で。
 
ところで先日、卒塾生のA君が教室にひょっこり顔を出してくれました。某大学に入学して、今は文化人類学を学んでいるとのことです。
 
塾に通ってくれていた中学時代からは想像もつかない大変身(否、大成長と言うべきですね)です。なにせ入試の直前にコンサートに行くほどの余裕(?)をかましてくれた生徒です。勉強面ではパッとしないまま中学生活を終えたのですが、本人曰く「高校に行ってから勉強に目覚めた」んだそうです。
 
「中学時代に勉強した事柄は、ほとんど忘れてしまったんだけど、塾で先生から聞いた“これから世界は国境とか文化といった壁が確実に無くなっていくんだ”という話だけは何故かず~っと残っていて、高校に行ってからの授業でそんな内容に触れるたびに、もっと知りたいって思うようになって、まさか自分が大学まで行って学問するようになるなんて、自分でもびっくりしてますよ~。」などと、なんとも嬉しいことを言ってくれるじゃありませんか。
 
帰り際「良いもの見せたげるわ」と言って見せてくれたのは青い目の金髪美女とのツーショット写真でした。何でもオーストラリア旅行からの帰りの飛行機で隣に座っていたフランスの女子大生で、向こうから声をかけてきたのだとか。現在もメールで頻繁に連絡を取り合っているそうです。中学時代あれだけ苦手だった英語でですよ。
 
今は芋虫のように地を這っているように見える生徒達も、時が来れば蛹となり、やがては大空を自由に飛び回る美しい蝶に変身していきます。羽化する分野と時期は人それぞれではありますが、生徒一人一人が自分の頭で考え、行動できる一人前の人間に成長してくれることを願いつつ、今日もせっせと種まきをさせていただいております。



<2018年12月第1週>
新座北野校 室長 竹鶴 智宣

 
中学数学の広がり5
「文字式の計算と方程式の計算の違いについて」
 
今回は中学1年生がよくつまずく文字式の計算と方程式の計算違いについて考えてみましょう。ここで大切なことは、それぞれの単元で何をしようとしているのかその動機を理解することです。そのために思い切って解答のページを見てみましょう。文字式の計算の答えは文字を使った式が並んでいますね。それに対して方程式の計算の答えには、Xに当てはまるが並んでいるはずです。これが違いです。つまり文字式の計算は式の変形に関心があり、方程式の計算はXに当てはまる数に関心があるのです。
もう少し詳しく違いを調べるために、計算の過程を見比べて見ます。文字式の計算で分数が出てきたら通分しますね。それに対し、方程式の計算で分数が出てきたときは、分母の最小公倍数を式全体に掛けます。これは、分母を払うといいます。式の計算はA=B=C=・・・と一つながりに伸びていきます。それに対し、方程式の計算はA=B,C=D,E=F・・・というふうに2つずつのセットの式が並びます。
 さらに明確に区別するため例を2つ考えます。(ア)2X+1=3 は方程式ですか、それとも文字式ですか。そう、方程式です。ちなみに解はX=1だけです。では(イ)2X+X=3X はどうですか。これは文字式の計算です。この違いは、Xにいろいろな数を代入してみるとわかります。X=1のときは3=3で成り立ちますし、X=2のときは6=6で成り立ちます。X=3のときは9=9で成り立ちますね。実は(イ)のように、Xにどんな数を代入しても成り立つ式のことを式のことを恒等式といいます。
 中1の皆さんは文字式(恒等式)の計算の勉強が終わった後方程式を学習しますが、方程式の計算の過程で同時に恒等式を使うので混乱するのです。
ここでさらに深く考えるために、少し意地悪な問題を出します。(イ)を方程式だと思って解いてみてください。移行すると符号が変わることは知っていますね。3Xを左辺に移行すると0=0になってしまいます。アレ。困りました。おかしなことになったときは出題の意図をもう一度よく考えてみてください。このことを定義に戻って考えるといいます。『方程式を解くということは、与えられた等式を満たすXの値を求めなさい。』ということです。0=0はいつでも正しいのでXにどんな数を代入しても良い、つまり解はすべての数です。結局これは恒等式なのです。
もうひとつ問題です。(ウ)2X+X=3X+1を方程式だと思って解いてみてください。やはり3Xを左辺に移項してみてくださいね。アレ。今度はもっと困りました。0=1です。こんな問題見たことありませんよね。でも、方程式の意味がわかったあなたならわかるはずです。そうです、これは解なしです。方程式がいつも解を持つとは限りません。皆さんの教科書に出ている方程式の問題はすべて、解けるように作ってあるから解けるのです。解けない方程式はいくらでもあります。この例を見ればあなたも作れます。是非自分で作ってみてください。
最後になぜ方程式を考えるのか述べておきます。もしあなたが、ある量Xを求めたかったとします。算数的に求めることも出来るかもしれませんが、出来ない場合がたくさんあります。たとえば『斜辺が5で、残りの2辺の比が1:2になるような直角三角形を作りなさい。』という、問題があったとします。これは中1では出来ませんが、中3なら出来ます。2辺をX,2Xとおけば三平方の定理を使って X+4X=5 という方程式が出来ます。この方程式さえ作っておけば、『後は解くだけ』なのです。解はX=1です。もっと複雑な方程式が出てきたら、場合によってはコンピューターにやらせることも出来るでしょう。
これは中学生や高校生が扱う方程式に限らず、現代物理学に出てくるような、マックスウェル方程式、ディラック方程式、アインシュタイン方程式などでも同様です。大切なのは方程式を造ることのほうです。だから造った人の名前がついているのです。ただこういった方程式になると、『後は解くだけ。』という言い方には語弊があるかもしれません。『後は数学的方法に頼れる。』という言い方のほうが適切でしょう。まったく見当もつかない量Xが、ある方程式を満たすことさえわかれば、後は数学的方法で研究することが可能になるのです。そして、いったん数学の問題になれば、先人の数学研究での業績に頼れるということでもあります。いずれにせよ現代科学は数学の土台の上に成り立っているのです
あなたは数学が好きですか、それとも嫌いですか。もし好きなら、せっかく勉強するのだから深く勉強してください。そのために近くの図書館に行って、方程式の本を探して読んでみてください。もっと好きになると思います。嫌いな人はこんな文章読みませんよね。でも、もし嫌いだけれど、ここまで読んでくれたあなた。それだけの忍耐力があれば高校受験の数学なんか心配ありません。とにかく基礎基本を大切にして教科書を何度もやってください。そしてたくさん質問をしてください。ちょっと視野が広がるだけで苦手意識がなくなるかもしれません。御健闘をお祈りします。



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