「今週のことば」 2014年4月

<4月 第4週>
石神井本校 講師  高倉 令茂


「教える側も元気をもらって」

   「行って来まーす」毎朝元気に出発する小学生、中学生。
でも、一歩家を出れば、子供たちにも戦いがある。「今日の部活紹介、緊張するなあ」、「漢字の50問テスト、全部書けるかな」、「全身筋肉痛、半端ない。体育できないよ!」、「自分の行きたい志望校が決まらない!」…。人間関係に揉まれるかもしれない。友達の視線、先輩後輩の秩序、先生との約束…。儘ならぬこともあるだろう。それでも、その場その場で答えを出して子供たちは成長していく。

学校、習い事、部活・・・。そして、塾。

目まぐるしい1日が終わろうとする頃に、子供たちが塾にやって来る。それぞれの戦いを終えて・・・。しかし、これからもう1つの戦いが待っている。

塾生1人ひとりの表情を見る。みんな、元気だ。教える側も元気をもらって、授業が始まる。頑張って来てくれた、1人ひとりに精一杯授業をしよう。最低限、帰る時には来た時よりも“わかるように”、来た時よりも“自信が持てるように”、来た時よりも“元気に”してあげたい。

時には「何かあったか?」と思わせる子もいる。思いのうちを軽くしないと勉強することが入っていかない。つかえを解いて、準備OK。

夕方から夜にかけては、誰もがつらい時間帯。強い意志が必要となる。だからこそ、この時間帯には華々しくなくとも、地道な確かな成長がある。

授業は、講師と生徒の二人三脚。チェックテストや宿題が出来ていなければ、できるようになるまで頑張る。生徒も頑張り、講師も最後までつきあう。そして、やりきった後に、お互いに新たな元気が充填される。明日を迎える力が満ちてくる。そうだ! 明日も頑張るぞ!



<4月 第3週>
大泉学園校 講師  木津 誠一


「なぜ勉強するの?」


10代の子どもたちが抱く疑問の一つに、「なぜ勉強するの?」がある。
「義務教育なんだから、問答無用!」と片付けることもできるかもしれないが、それではイマイチ納得できない。

大人になって、「学生のとき、もっと勉強しておけば良かった…」と後悔した経験のある人であれば、子どもに「同じ後悔はしてほしくない」と思うのが親心。しかし、「ほら、遊んでばかりいないで勉強しなさい!」の一点張りでは、子どもの立場からすると、「親や先生はいつも勉強しろ、とうるさいなぁ…」という思いになってしまいかねない。

学校は勉強をする場であり、「勉強しなければならない」のは当の本人たちも頭では分かっている。けれど、それでもふと考えてしまう、「なぜ、勉強するの」。考える理由はいろいろあるだろう。「○○の教科が嫌い」、「大人になったら必要なさそうだし」、「そもそも勉強に興味が湧かない」。勉強から逃げたい一心でたどり着くケースが多いが、一方で、勉強ができる子でも同様にこの疑問は湧いてくる。

「なぜ勉強するのか」という問いに対して、映画『男はつらいよ』の中で寅さんは、こう言っている。

「己を知るためよ」

この答え方には、「なるほど」と思わされた。勉強することで得られる自己発見。
「覚えるのだったらけっこう得意かも」、「自分って意外とがんばれるじゃん」…。
勉強する意味を模索しながらも勉強し続けて、子どもたちは少しずつ「勉強する喜び」を得て、成長していくのかもしれない。

「なぜ勉強するの?」に対して、逆に「あなたは何でだと思う?」と聞き返して、子どもたちがどう思っているのかを聞いてみるのも一つの方法かもしれない。実は本人が答えを持っていることもある。人から言われてではなく、自分から勉強をすべき理由に気づけば、自ずと机に向かう時間も増えるのではないだろうか。

  「勉強すると、いろいろなことが見えてくる。勉強って、意外と楽しいかもしれないよ?」



<4月 第2週>
早宮校 講師  中岡 秀彰


 「花は桜木、人は武士…」と、俗謡にもうたわれる。
このフレーズ、一休宗純(1394~1481)が遺した言葉らしい。それぞれの分野で第一等のものを列挙しているのだが、このあと
「…柱は檜(ヒノキ)、魚は鯛、小袖はもみじ、花はみよしの」
と続く。最後の花は吉野の桜のことを指している。桜にはじまり、桜に終わるところが“桜好き”の国民性を代弁してくれている。
 3月中旬、もうすぐ小学生になる息子と九段界隈を散策する機会があった。あと3週間もすればこのあたり一帯がサクラ、サクラ、サクラになることをわが子は知らない。江戸城・牛ヶ淵に滝がかかるようにサクラ吹雪が舞い散ることも…。
 いずれそのような情景になることはわかっていても、この時期の桜木はまことに素っ気ない。本当にあと半月あまりで豪華絢爛な衣装を身にまとうのか目を疑うほどに、この時期の桜木は寒々とした風体でぽつねんと立っている。
 パッと咲き、パッと散る潔さが桜の魅力だとするなら、咲きほこるまでの素っ気なさも桜の魅力かもしれない。寒風の中、何食わぬ表情をみせながら、新芽は着々と、硬い樹皮を打ち割って萌えいづる準備をしている。フトコロが寒くとも気位を高く保つ武士の風韻と重なり合う(武士は食わねど高楊枝)。
 「花は桜木、人は武士」とは…、まったくもって言い得て妙。さすがは一休さんだ。

 この稿が載る頃には桜も満開であろう。今年こそは息子たちに九段の桜を見せてやりたい。



<4月 第1週>
保谷校 講師  加藤 一太郎


~「勉強しなさい」と言う前に~        

「君には何か将来の夢がありますか?」
あるTV番組でディレクターが、どこかの小学校の児童たちに将来の夢を尋ねたひとコマです。
「わからない…」
「別に…」
子どもたちは、まだ自分の夢がわからないのか、言葉少なに応じていました。
すると、そのディレクターは、
お金持ちになるとか何かはないの?」
と聞き返していました。
 同じ映像の別の場面では、ある児童が勢いよく手を挙げ、屈託の無い笑顔で、
「絶対お金持ちになる~!」
と、皆の前で宣言しました。

う、う~ん・・・??

ディレクターの問いかけでもありましたが、それは夢を実現するための一つの手段では・・・。

○お金を稼いで愛する人にプレゼントを買う。

     ⇒その人と喜びを分かち合う。

○お金をたくさん蓄えて将来家を建てる。

     ⇒建てた家で、家族を愛し幸せな家庭を築く。

○お金をたくさん儲けて社会に還元する。

     ⇒社会全体が、国民全体が幸せになる。

このように、本当の夢はお金の向こうにあり、勉強することもそうだと思うのです。
私自身、「勉強しろ」と言う前に勉強することの本当の意味を伝え、
生きるべき姿を示すことの大切さをあらためて心に思いました。
天を敬い、人を愛し、国を愛し、自分を大切にする子供を育てたい。
そんな教育者になることが私の夢です。

「敬天愛人」 天を敬い人を愛すること。「敬天」は天をおそれ敬うこと。「愛人」は人をいつくしみ愛すること。西郷隆盛(号は南洲なんしゅう)が学問の目的を述べた語として有名。(三省堂「新明解四字熟語辞典」



「今週のことば」 2014年3月
 
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