「今週のことば」 2014年2月

<2月 第4週>
保谷校 講師  加藤 一太郎


~四字熟語で振り返るソチオリンピック~
「金メダル」と「金メダル色の心」~純粋な夢追い人~
人々の熱狂と感動に包まれたソチオリンピックが閉幕し、その興奮はソチパラリンピックに引き継がれました。
氷上の貴公子・羽生結弦選手
レジェンド・葛西紀明選手&団体戦のメンバー(清水礼留飛・竹内択・伊東大貴の各選手)
King of Skiの好男子・渡部 暁斗選手
young gun(若き大物)・平野歩夢&平岡卓選手
白銀の大和撫子・竹内智香&小野塚彩那選手
彼らの活躍は、日本全体に誇りと勇気を与えてくれました。
でも、私の心は、むしろメダルをとれなかった選手を慮(おもんぱか)ります。 自動的にそうなる自分がいます。私が人生に目覚めてから、終始一貫、そのように生きて来たからかもしれません。
それは、私がいる保谷の教室でも同じです。もちろん、喜んでいる子がいれば、一緒になって心から喜びを分かち合います。でも、その陰で、何となく元気の無い子や普段と少し様子が違う子がいると、そちらにもっと心が向くのです。
「ちゃんと飯を食ってきたのかな?」
「親と喧嘩でもしたのかな?」
「学校で何か嫌な事でもあったのかな?」
そして、さりげなく言葉を交わしてみるのです。大事(おおごと)でなければ、「ほっ」と胸をなでおろします。
同様に、ソチオリンピックでも、メダルを獲得した人よりも、そうでなかった人の様子が気になりました。彼らは競技を終えて、さまざま思いが去来したことでしょう。その中で、印象に残った二人の女性アスリートを紹介したいと思います。
●上村愛子選手
「五輪でのメダル獲得」
上村選手は、そこにこだわり、そこに全身全霊を捧げました。だからこそ、5大会連続の五輪出場という、とてつもない偉業を成し遂げることができました。
しかし、ソチでもやはり、メダル獲得の夢は叶いませんでした…。
全てを出し切った彼女のさわやかな笑顔を見た時、何かが吹っ切れた「美しい」笑顔でした。
その姿は、勝負を超越した、一片の陰りもない「真の美しさ」を醸し出していました。
●浅田真央選手
「涙」は「悲しみという心の毒」を洗い流してくれます。
「涙」は人を優しい気持ちにさせてくれます。
ひとしきり涙を流した後は、さわさわと吹く春のそよ風に頬を撫でられた時のように感じます。それはきっと、そんな「涙」の持つ温かみなのでしょう。
その時、彼女たちの心は、間違いなく、燦然と輝く「金メダル色」をしていました。
■終始一貫
意 味:最初から最後までずっと変わらないこと。
解 説:「一貫」は一つの方法・態度などを貫き通すこと。
■全身全霊
意 味:その人に備わっている体力と精神力の全て。
解 説:「身」は肉体。「霊」は精神。その人のもっているものすべてを表す。



<2月 第3週>
向山校 講師  藤河 健太


彼も人なり、予(われ)も人なり ~韓愈「原毀」

『3年B組金八先生』で、金八先生が受験に向かう中3生に対して語るメッセージの中で引用した言葉だ。
自分が合格できるかどうか受験生は不安なもの。
受験会場に行けばみんな自分よりも賢そうに見えてしまう。
しかしどれほど賢そうに見えても、同じ高校を受験しているのだから自分と比べて特別優秀であるはずがない。
恐れず、奢らず、ただ自分の力を発揮することだけに集中すれば良い。
現時点での自分の学力と、ライバルたちの学力とどちらが上なのか?
勝負を楽しんで欲しい。

確かにどの高校に入ったかで人生は決まる。これは事実だ。
入った高校によって出会う人間が変わるからだ。どのような先生と出会い、どのような意識を持った友人と出会うのか?この事が人生に与える影響は大きい。
また、受験に失敗すれば、行きたい高校に入れなかったという敗北感を抱き続けることになる。
しかし、それでも合格するかどうかよりも大事なことがある。
本当に最善を尽くして勝負に向かったのか?という事だ。
やるべき事をせずに勝ち取った合格にたいした喜びはない。
やるべき事をやらずに合格するぐらいなら、必死で戦って負けて悔し涙を流して欲しい。
本当にやるべき事を精一杯やったのかどうかは周りの大人が決めるものではない。
自分の心が知っている。
公立高校入試まであとわずか。最後まで精一杯努力しよう。



<2月 第2週>
東所沢校 講師  木津 誠一


私たちは普段、何気なく使っている言葉に支えられているものだと思う。
たとえば、「ありがとう」。その一言だけでも、心は弾む。頑張って良かったなと思える。

「今日のテスト、できたよ!」
定期テストの日、塾に駆け込んできた生徒が、開口一番にこう言ってくれたときの喜びは格別だ。分からないところを何度も教えたり、夜遅くまで学校の課題に一緒に取り組んだりしてきた苦労が、一気に報われた感じがする。

もちろん、思春期の子どもたちだ。照れくさい気持ちもあって、素直に言ってくれないときもある。でも、生徒たちの喜びの表情の中に、「ありがとう」の気持ちを感じとることができる。子どもたちと喜びを共有できることが、学習塾の講師にとっての醍醐味でもあろう。

いよいよ、入試の日が迫ってきた。受験生の授業も、数えるほどしか残っていない。
そのわずかな一回一回の授業の中で、一つでも多くのことを伝えたいと思う。そう思うほど、授業に臨むときには、緊張感も湧いてくる。

でも、すべての苦労はきっと報われるはずだと信じている。
「先生、合格したよ!」の一言で。

受験生のみんな、あともう少しの辛抱だ。
受験生に伝えたいことば。そして、学年末テストを頑張る中1・2生にも。

「後悔先に立たず! 今こそ全力勝負!」



<2月 第1週>
早宮校 講師  中岡 秀彰


第一回目のこの欄の執筆を仰せつかった。普段からエースセミナーの作文指導の統括的立場として、尻をたたいて文章を書かせる立場にありながら、いざ自分が書く段になると筆を握る手の震えを禁じえない。こうなったら初心に立ち返り、アメリカの大衆作家ヘンリー・ミラー(1891~1980)の言葉「いま君はなにか思っている。その思いついたところから書き出すとよい」に従って筆を進めたい。
言葉にも出会いがある。「北回帰線」など奔放な作風で知られるヘンリー・ミラーのこの言葉は、彼自身の著作の中で出会ったわけではない。高校一年生のころ、たまたま図書館で手にした司馬遼太郎著の「関ヶ原」の冒頭にでてくるフレーズだ。
司馬氏にこの言葉を紹介していただいたお陰で、私は文章一般に対していい意味で「たかをくくる」ことができるようになった。実際、こうして「何を書いてよいやら」という思いの吐露ですでに紙幅の半ばを過ぎようとしている。
文章を書けない子ども達が異常に増えている。何か作文を大層なものとでもかいかぶっているのだろうか(指導する側の責任ではあるが)。
私の文章指導の要諦は子どもたちにいかに「たかをくくってもらう」かだ。指導する側の「たかをくくった」態度が伝播すれば、子どもたちは自然に鉛筆を握り始め、ペン尻がクルクルと動き始める。文の構成や“てにをは”は“えだは”にすぎない。
最後に私も賢者を気取ってヒトコト(川柳?)。

「文章は及び腰では書けません」

 

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