「今週のことば」2018年1月

<2018年1月第4週>
新座北野校 室長 竹鶴 智宜

「中学数学の広がり4
次元とは何か―文字式の足し算と掛け算の違いから見えてくるもの」

 
 今週は中1の文字式の計算の復習から始めましょう。まず問題です。2m+3mの答えは? 簡単ですね。5mです。では次。2m× 3m の答えは?これも簡単です。そう、6m 2 です。ここで少し考えてみましょう。足し算の場合、2m、3m、5mぜんぶ単位が同じです。しかし掛け算の場合は、答えの単位が違います。これはどういうことでしょうか。実は足し算は同じ単位同士でしか計算できません。そして出てくる答えも同じ単位です。しかし掛け算は、単位が違うか、あるいは同じ単位の場合は方向が異なっていなければ計算できません。この例の場合、2mは縦方向、3mは横方向だと考えて計算したのです。つまり足し算は決められた単位の世界の中だけで閉じられた計算です。どんなに繰り返し計算してもその単位の世界からはみ出すことはありません。それに対して掛け算は、かければかけるほど新しい単位の世界に広がっていく計算ということです。
 ここまでの話で、優秀な生徒さんはすこし疑問に思うことがあるかもしれません。たとえば文字式の計算で5x+3x2という答えが出てくる場合があります。単位が違うもの同士は足せないのだから、これはおかしいと思うのは当然です。しかしこの場合はxに単位のない数字(0次元)を代入した場合に意味を持つ式だと思ってください。ここでmnという単位があったとします。n=1の場合は長さです。n=2の場合は面積です。そしてn=3の場合は体積です。このnに0を代入してみましょう。すると出来る単位はm0です。これをxに代入すると同じ単位の計算になります。やってみましょう。 5x+3x2=5m0+3(m2=5m0+3m×2=5m0+3m=8mとなり確かに計算できます。実はm=1なのでこの答えは8です。
 では次の問題です。6m 2×6m 2の答えはどうなりますか?これも簡単ですね。36 m 4です。あれ、ちょっと待ってください。m 4とは何のことでしょう。この計算が成り立つためには、縦、横、高さ以外にこの3っつのどれとも違う方向がなければいけません。4次元の世界に迷い込んでしまいました。でも気にしないことにしましょう。形式的には掛け算をこの調子で計算しても問題ありません。数学的にはこのようにどんどん次元が拡張できます。無限次元まで考えることも出来ます。
 話はこれで終わりません。次元について考えるともっと面白いことがわかります。実は、それぞれの次元に固有の性質があるのです。少し紹介しましょう。まず1次元の場合。それは正負の数のところで習った数直線の世界ですが、原点から距離が1m以下の部分の長さは2mです。-1から+1までの長さのことですから当然です。2次元の場合。これは比例と反比例のところで習ったグラフの世界ですが、原点から1m以下の部分の面積はπm 2です。円の面積のところで習った、公式πr2を使いましょう。r=1を代入すれば計算できます。今度は3次元の場合、空間座標は学校では習っていませんが、球の体積の公式4πr3/3にr=1を代入すれば4π/3になります。これらをその次元の単位球といいます。1次元や2次元の場合も球という言葉を使うのですが、それは与えられた次元の中で最大次元の部分を考えているからです。この3っの数字を全部小数にして並べます。1次元は2。2次元は3.14.。3次元は4.18。なんだか大きくなっているようですね。
 先ほど次元の拡張の話をしたので4次元や5次元の存在を信じて計算すると、4次元は4.95、5次元は5.26、6次元は5.17、7次元は4.73、8次元は4.06です。少し飛んで20次元では0.0256。そして100次元になると2.36×10-40(この記号は小数点を40桁左にずらしなさいという意味です。)のようにいくらでも小さくなります。要するに5次元で最大になり、その後はどんどん小さくなるということです。不思議ですね。
 世の中には不思議なことがいろいろあるのですが、ただ不思議不思議で終わり、そのうち忘れてしまう人と、その先をもっと、考えようとする人がいます。もちろんどちらも個人の自由なのですが、学問というものは、もっと考えようする人によって築かれていきます。たとえばこの単位球の話ですが、『もし神様がいてこの宇宙を作るときに、大きくしようと思えば5次元あたりを選ぶでしょう。実際この宇宙は4次元で、それに伴うカラビーヤウ空間は6次元です。どちらも5に近い数です。もし小さくしようと思えば高次元を選ぶでしょう。もっと高次元に超微粒子が存在するかも知れません。』と考える人がいても良いと思います。
 論語に『学びて思はざればすなわちくらし。思いて学ばざればすなわち危うし。』という言葉があります。これは『学ぶだけで考えることをしなければ自分のものにならない。考えるだけで学ぶことが足りなければ独りよがりになってしまう。』という意味です。皆さん一人ひとりはこれからの日本、あるいは世界を担う貴重な人材です。よく学び、自分で自立して考え、自分自身の夢を実現し、志を持って、社会に貢献できる人になってください。最後まで読んでくださってありがとうございます。



<2018年1月第3週>
早宮校 講師 石川 亮介
 
「学ぶ環境」


 京都大学数理解析研究所の望月新一教授が、数学界におけるいわゆる未解決問題であった「ABC予想」を証明したというニュースが昨年末に飛び込んできました。500ページ超の証明論文は既に2012年に発表されていて、そこからの約5年間は査読(検算のようなもの)期間であり、ようやくこの度、国際的な数学の専門誌に掲載されるに至ったそうです。
 ミレニアム懸賞問題に限らず数えきれないほど存在している数学の未解決問題ですが、その多くは、本当の学問としての数学に精通していなければ、問題の意味すら理解不能という難解なものです。その中でABC予想は、数学の素人でも問題の意味ぐらいは分かるものとして有名であり、したがってそれを日本人が解いたことは実に誇り高きことではないでしょうか。「素人でも問題の意味は分かる」といえば、その最たるは1995年に最終的に解決された「フェルマーの最終定理」ですが、なんとABC予想が証明されると、それを使ってフェルマーの最終定理の証明は紙1枚に収まってしまうほど単純なものになるというのです。私のような者にも理解できる(くり返しになりますが理解できるのは問題の意味だけです)2つの問題が、そのような密接なつながりを持っているという事実に対しては、素人なりにも数学の神秘性を感じざるを得ません。
望月教授のような天才数学者が、いったいどのようにして出現するものなのかと、同氏の経歴を調べてみますと、父親の仕事の関係で5歳で渡米し、中学時代に1年間だけ日本に戻った以外は、学生時代の全てをアメリカで過ごしたそうです。
 そのことを知って、やはり「学ぶ環境」というのは重要だと改めて感じました。もちろん、日本で学ぶよりアメリカで学ぶほうが勝るとか、そういう単純な話ではありません。しかしながら、望月氏が自身のブログ内で、アメリカ在住時にはヨーロッパ、アジアを含めて多くの国際交流の機会があったと書いている(そういった交流が苦手だとも書いていますが)ように、そのような様々な文化、言語、価値観を持った人々と自然に交流する環境の中で学びを深めたとき、普通よりも多角的な物の見方を身に着けることができるのではないかと、感覚的ですが思います。少なくとも、意志のある人に対して、様々な環境で学ぶ門戸が開かれた状態が理想的でありましょう。
 そしてここにきて、グローバル化が最も進展する時代の到来です。2020年に向けて教育改革が推し進められています。英語の4技能試験と、それに伴う小中高での英語教育における新たな取り組みが話題として取り上げられることが多いですが、センター試験に代わって始まる「大学入学共通テスト」においては、数学と国語でも記述式問題が導入されるというのがトピックの1つです。
 昨年、大学入試センターが記述式問題のモデル問題例を公開しましたので、数学の問題を解いてみました。マークシート形式ではどうしても大問の流れとして「誘導」のようになってしまう側面があるのに対して、記述式にすることで、必要に応じて定義域の場合分けをしたり、該当するものを「全て」選択したり、自分で変数を定めたりする必要が生じるため、たしかに「思考・判断・表現力重視」という意図が分かる内容となっています。
 ただ、この試みが、わが国の欲する人材を一人でも多く輩出するということに対してどれだけ寄与するかはもちろん未知数ですし、始まってもいないうちからあれこれ論じることにはあまり意味がないかもしれません。
 グローバル化や産業構造の転換に対応するための教育を実現する上では、入試制度や学校教育のあり方に手を入れること以上に、上述したように、「学ぶ環境の選択肢」を拡充することのほうが確実な効果を生み出すといえるかもしれません。その方向性はいろいろあると思いますが、最も基本的なこととしては、やはり海外に留学する学生数を増やすということでしょう。これについては文科省も2020年を目途に、2012年との比較で倍化を目指すという目標を掲げて様々な方針を打ち出しているようです。
 学習塾に携わる者としてどのような心持ちでいるべきか。第一に、塾の教室が、生徒の学びの場として最高の環境となり得ているかどうかを常に省みることが大切だと思っています。分からない問題を質問できたり、欲しいプリントがすぐにもらえたりといったことはもちろんですが、皆が集中している空気感であったり、静けさであったり、清潔さであったり、細かいところまで含めて1つ1つが、生徒のための場所として相応しいかどうかを精査し続けたいものです。
 考えてみれば、受験というのはそもそも、学ぶ環境の争奪戦です。入試制度改革も、つきつめれば個々に対して最良の環境を割り振ることができるようシステムの最適化を目指したものだといえます。ですから、その受験に向かうための環境についても、より良いものを提供することに、とことんこだわっていきたいものです。
 それからもう一つ、私自身が何かを「学ぶ」ことをぜひ続けていきたいものです。生徒たちのポテンシャルには全く敵わないかもしれませんが、私もまだまだ自分は若者だと思っていますから、「次の世代」などという言葉を使うわけにはいきません。「学生時代が終わったら勉強はひと段落」とついつい考えてしまうのも、日本人的な概念だといえるのではないでしょうか。日々、自分をアップデートしなくては取り残されてしまう時代に生きていることは明白です。先入観は打破しなくてはなりません。教育に携わる者であればなおさらでありましょう。
 まとめると、「塾としてより良い環境を作る」ことと、「勉強する」ことを今年の目標にしたいと思います。




「今週のことば」2017年12月
 
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