「今週のことば」2017年11月

<2017年11月第4週>
高崎校 室長 小川 真一郎

「『勉強って楽しい』を少しでも感じてほしい」

  
 塾に通う生徒や保護者の目的は、何と言っても、成績を上げて、志望校に合格することだろう。塾の講師も、その願いに応えようと、どうやって塾生の成績を上げ、志望校に合格するための実力をつけたらよいのかを腐心する日々を送っている。前回のテストより良い結果を出すことを目標に、生徒たちは、塾に通って指導を受ける。テスト一週間前ともなれば、休日返上で、塾のテスト対策に参加し、少しでも良い結果を出そうと、精一杯努力する。その取り組みは、とても尊いもので、テストで良い結果が出れば、生徒本人も保護者も、私たち塾講師も、うれしいのは言うまでもない。テストで良い結果が出なければ、次のテストに向けて、改善すべき点は改善することもとても大切だ。ただ、このくり返しの中で、生徒たちに「勉強って楽しい。」ということを少しでも感じてほしいと、最近また強く思うようになっている。
 
 ここのところ、高校生から物理や化学の質問を受ける機会が増えた。数学は指導する機会が多いので、質問をされても、すぐに説明してあげることができるが、高校の物理や化学は、指導の機会が少なく、自分自身忘れていたり、新しくて知らない内容もあって、質問されると、時に「これは何だ?」と困ってしまうこともある。そういう時は、生徒に少し待ってもらって参考書などで調べたり、生徒と一緒に「ああでもない、こうでもない。」と考える。そして、「これは、こういうことだったのか!」と思い出したり、わからないことがわかって説明すると、生徒はうれしそうだ。塾講師の私自身も、「わかるって楽しいものだな。」と、今さらながら実感する。もっと勉強してみようか、という気にもなる。
 
 将来のため必要だから勉強しなければならないのはもちろんだが、大人が子どもに、勉強することの楽しさを伝える機会が、もっとあってもよいのではないだろうか。塾に通ってくるどの生徒にも「勉強って楽しい。わかるっておもしろい。」と少しでも感じてもらえるよう、指導する私自身がもっと学び続けなければならないし、工夫も必要だと肝に銘じたい。勉強を少しでも楽しいと感じれば、勉強量も増えるだろうし、勉強の質も上がるだろう。恐らく、ただ「テストで良い点を取るんだ。」というだけの勉強より、良い結果につながるだろう。



<2017年11月第3週>
早宮校 室長 中岡 秀彰

「お父さんパワー」
 
 大学入試改革の波が押し寄せる中、ますます重要になってくる表現力、記述力、考える力の涵養のため、エースセミナー小学部では毎年、公益社団法人全国学習塾協会主催の全国読書作文コンクールに参加している。
 表現力や記述力を、書く楽しさや喜びの中から身につけてもらいたいというこちらの意図を生徒たちもよく理解し、図書の選定から下書き、清書にいたるまで本当によくがんばってくれた。今年は特選2名(東京全体で3名)、入選12名(東京全体で13名)、キラリ賞2名(東京全体で2名)の評価をいただき、生徒たちはとても自信と誇りを感じてくれている。
 わが早宮校の生徒もこの夏、握る鉛筆から汗がしたたりおちるのではないかというほどに作文に打ち込んでくれた。年々、文章力が向上しているのがよくわかる。歴代先輩たちが書いた作品を参考によりよいものを創ろうとがんばるのだ。時の流れに研磨され、自然と大人顔負けの作品が出てくる。
 そんな中、ひとり文章が全く書けない女の子がいた。たしかに国語はあまり得意でないようだったが、作文となるとからっきしのお手上げだった。しかし普段はよくしゃべる子で表現力は人並み以上といってよい。感想を口述してもらうと、面白そうな文章になりそうだ。
 「面白い!今言ってくれたことハチャメチャでいいから字にしてみよう!!」
 そのハチャメチャもできなかった…。速射砲のように面白いことはしゃべれても、いざ書くとなると小一時間ウンウン唸って三行ばかり書くのがやっとなのだ。
 お母さんとの懇談で、あとから知ったことなのだが、彼女は小学校に入るまで字がなかなか覚えられなかったのだという。低学年くらいまでは文章も一字ずつ指をさして発音するため、文章を読み取ることも難しかったのだという。
 そんな事情もつゆ知らず、時にはダメ出しをしながら、とにかく二人三脚で作品を創り上げた。言葉の糸を手繰り寄せ、断片的にできあがった文章をパッチワークのようにつなぎあわせ、ともかくも作文らしきものができあがった。
 この作品が見事に入選した。指導した立場からみれば他にも入選しそうな作品はいくつもあった。題名は「お父さんパワー」。照れや衒いなく、いつも忙しいお父さんへの感謝の気持ちをストレートに表現した、子どもらしい作品だった。
 作文指導をしていく中で、いかに表現技巧を盛り込んでもらうか、いかに効果的な比喩を考え出してもらうか、小手先のテクニックばかりを指導しようとしていた。
 この生徒との出会い、この作品との出会いで多くのことを学ばせてもらった。



<2017年11月第2週>
エース・ワン大泉学園校 室長 有川 正志

「生きているのではなく生かされていることに感謝」

「こんばんはー!」と元気な声で教室に入る。
「今日は ありがとうございましたー!」と教室中に響く大きな声で教室を出る。
特に“今日は ありがとうございましたー!”の言葉に込められた“ありがとう”という気持ちがビンビン私の心に響いてきて私は嬉しい気持ちで一杯になる。
 
ある時、いつもこの挨拶をするGくんに聞いてみた。
「Gくんの挨拶は素晴らしいね。誰かに教わったの?」
「特に教わった事はないですけど・・・ 母の影響かな」
「Gくんのお母さんはどんなお母さん?」
「明るい母です。感謝してます」とGくん。
 
ふと、自分はGくんの年齢の頃どうだったかなと思い起こしてみた。
 
お小遣いをもらった時は“ありがとう”と言った記憶はあるが、あとはほとんどありがとうと言ったことはなかった。それどころか、自分で考え自分で行動するタイプだったので、“自分で大きくなった”というような傲慢不遜な人間だった。
 
そんな自分を変えてくれたのは人生の師である。
その先生は「生きているのではなく生かされていることに感謝」と諭してくれた。
 
「人間は自分の意志で生きているようであるがそうではない。生きるのに必要なあらゆる環境を与えられて生かされている。水、空気、光、食べ物、そして私の命、どれ1つ取っても人間の力や自分の意志で作ったものは何もなく、全てを与えられて生かされている」と。
 
また私が風邪をひいた時、このように諭してくれた。
「風邪に一番良く効く薬は“感謝”だ」と。
 
その時はさすがに“そんなことはないだろう。それは非科学的だ”と思った。
しかしながら、“今は本当にそうだなと感じるようになった。”
 
毎日元気に生徒が来てくれる。本当に感謝である。
学力向上、成績向上、志望校合格はもちろんであるが、「感謝する心」も伝えたい。




<2017年11月第1週>
上井草校 室長 田草川 英毅
 
「最近のオカシさをどう伝える?」
 
 よくある父母面談のシーン。
父兄:「うちの子は読解力がないのですが、読書もしないのでどうしたらいいですか。」「作文が苦手なのですが。」「社会の成績が上がらないのですが、どうしたらいいですか?」
講師:「新聞を読みましょう。興味をそそる記事からでいいですから。コラムを読みましょう。」「ニュースを見ましょう。社会の動静に少しは耳を傾けておいたほうがいいです。」
 
 こんなやりとりは今までは何度となくされてきたはずだが、今後は改めていく方がよさそうだ。今年になって、ずっと社会の公器だと自認してきた新聞・テレビのマスメディアがその役割を逸脱して、自説のみを訴えだし、フェイクニュースを垂れ流しつづけ、大衆をミスリードしている。かつてから、大学入試にその文章が出題されることの多さを訴えてきていたり、子供向けの紙面を作ったりしているのに、今の状況では、まさに百害あって一利なしの存在になり果てている。テレビにしても公共・民放いずれも放送法を順守せずに偏向報道を流し続けて反省の色も全くなしである。切り取り・編集で恣意的に一定方向に導いている。それがわかっている視聴者は多くないと思う。例外的に、先学期の面談で、あるお母様は「最近のニュースは、どうも・・・」と言われたことがあったが・・・。
 
 さらに、今月の衆議院議員選挙におけるゴタゴタもまた、生徒児童に伝えにくい出来事だった。代議士は国民の代表であるにもかかわらず、自身の保身を優先させて、今まで掲げてきた信念も政策も引っ込めて政党を移っていく様は醜いとしかいいようがなく悲しかった。国をよくしたい、国を守りたい、誰よりも公的な思いの強い人々が国政に臨んでいくはずで、大人も子供も彼らに自分ではできないことを託していく存在のはずだ。金も要らない、地位も名誉も要らない、ただ人のため、国の為に働く人に、私たちを導いて欲しいし、子供たちの中からもそういう志を持って、次の時代に現れ出でてもらうことを願うばかりである。
 
 我々講師は、学校の先生ほど生徒と長い時間を共有してはいない。そして声高に範を示せると言えるほど品行方正な人生を送ってきてはいないが、生徒たちと誠実に向き合うことで、単に受験テクを伝えることに終始するのでなく、未来の担い手である彼らに「誠」のバトンを渡していきたいという思いに至った。




「今週のことば」2017年10月
 
お問い合わせ