「今週のことば」 2017年7月

<2017年7月第2週>
新座北野校 室長 竹鶴 智宣
 
「中学数学の広がり3
数の広がり (有理数、無理数そして複素数へ  もし時間が複素数だったら)」

 
 中3になると、大学で学ぶ数学の一歩手前まで進んだ勉強をすることになる。たとえば数の広がりだが、小学校高学年から中学2年までで扱う数は、円周率のパイは例外として有理数だけである。つまり整数や分数(整数分の整数)の形で表せる数である。これを小数に直すと、分母が1のときは整数。分母が2の累乗と5の累乗の積のときは有限小数。分母に2と5以外の素数の累乗がくると循環する無限小数になる。ただ有限小数も最小の位の数を1減らし、それよりちいさいくらいの数をすべて9にすれば循環する無限小数の形に出来る。つまり有理数はすべて循環する無限小数だ。(中3の皆さん、皆さんの教科書にヒントがあります。考えてみてください。)
 そして中学3年で初めて無理数について学習する。無理数には有理数とは違った性質がある。たとえば、どうがんばっても無理数は整数分の整数の形に出来ない。また割り算をして小数にすると、循環しない無限小数になる。さらに数直線上で無理数のほうが有理数よりたくさんあることも分かっている。ということは中学2年まで習っていた数直線は実は隙間だらけ、穴だらけだったということだ。あの有名なピタゴラスは『万物は数(有理数)である。』といったそうだ。つまりすべての数は有理数であると硬く信じ、無理数の存在を認めなかった。彼の弟子の一人が1辺が1の正方形の対角線が有理数では表せないことを証明したために暗殺された、という逸話もある。そうすると、現代の中学3年生のほうが数についての理解が進んでいるといえる。こうして中3になって有理数と無理数つまり実数を学んだ段階で数直線上の数はすべて埋め尽くされている。しかし、数の拡大はまだとまらない。今度は数直線の外に広がりだす。
 根号の中が負の数になった場合、どうするのか。中学までではそのことに触れないことになっている。負の平方根について最初に触れたのはヘロンの公式で知られる、あのヘロンらしい。その後17世紀にデカルトが虚数という言葉を使う様になった。それから1797年にノルーウェーのガスパー・ベッセルが論文にし、1814年コーシーが複素関数論を考え始め、1831年ガウスが本格的に複素平面を現実のものとして使い始めたそうだ。このころには普通に i の平方が-1であることが受け入れられるようになった。といってもこれは数学上でのことだ。その辺に i があって手にとってみることが出来るわけではない。
 こんなことを話しても「それがどうした。」といわれてしまいそうだが、もしその辺に i があったら大変なことになる。あなたの生活にかかわることがあるかもしれない。それでひとつ思考実験をしてみよう。今秒速1メートルの物体がA点を出発して1秒間進むとしよう。1掛け1は1だからA点から1メートル離れた点に達する。(図1)しかし、もしも時間が複素数だったら、もし時間に虚の方向があってまず i 秒進むと物体は i 掛け1は i だから i に達する。その後実の方向に1秒進むと1+ i に達する。さらに -i 秒進むと1に達する。(図2)ここで注意したいのは図1では最初から最後まで物体の動きは見えるが、図2の場合、実際に見えるのは実数で表された点だけだから最初のA点で見えていた物体が、瞬間的に見えなくなり、しばらくして1の位置に急に現れるということだ。
 異次元の世界に迷い込んだ感じがする。これはごく単純な例だが、第一チャーン類がゼロのコンパクトな多様体はカラビ-ヤウ多様体と呼ばれる。カラビは1957年に第一チャーン類ゼロならばケーラー多様体はリッチ平坦計量を許容すると予想した。これはヤウによって1977年に証明された。複素次元が3のカラビーヤウ多様体は超弦コンパクト化の候補として提案されている。このことは1980年代後半にホロイッツやキャンデラスによって紹介されている。実験による検証はまだなされていないが、ひょっとしたら、あなたが暮らしているこの宇宙のすべての点にこの空間が貼りついているのかも知れない。そしてこの空間と行き来が出来るのかもしれない。誰かがいれば通信が可能かもしれない。多様体とはn次元の曲面のことだ。その他の難しい言葉は気にしないでおいてほしい。いっている私も良くわかっていない。
 ところで数の拡大は終わったのだろうか。いやまだ終わらない。複素数の次は、ハミルトン数、その次はケーリー数まで広がるそうだ。なにに応用できるのか良く分からない。世の中はまだ分からないことであふれている。これは君たち若者にゆだねられている。人類の未来を切り開くのはあなたかもしれない。






<2017年7月第1週>
早宮校 講師 石川 亮介

「数量」と「図形」の並行
 
 中学数学において、「数量」と「図形」を並行して学ぶ学校は多くなっています。同時期に学ぶ内容が偏らないようにという考え方はごく自然なもので、そういう意味では並行型のほうが本来的なのかもしれませんし、教科書自体が、並行型を十分に想定して作成されているのでしょう。実際、高校数学においては必ず並行して学ぶことになるわけです。
 ただ、中1の数学では、数量では「文字式の表し方」をまだ習っていないのに、図形では「円とおうぎ形の計量」を習うということがあって、これにはいろいろと考えさせられます。円周は「2πr」であり面積は「πr2」ですが、文字式の表し方が未修ではこの形で教えることはできません。小学校で3.14だったものをπに変えるという話だけで済めばいいのですが、例えば「2π×5=10π」というシンプルな計算式一つを見ても、文字式の表し方や計算の知識を前提とした要素が盛り込まれているわけで、聞けば学校の先生はどうにか分かるように説明してくれているというのですが、さすがに無理があるようにも思えてきます。
 しかしながら、もう一歩踏み込んで考えてみると、「文字式の土台があってこその円とおうぎ形」という概念はむしろ、大人の考える常識なのかもしれません。塾講師としては常に、大人の常識と子どもの常識は違うということ、つまり大人の感覚では理路整然とした説明であっても、それが生徒にとって分かりやすい説明とは限らないということを肝に銘じているつもりですが、これもその一例であることは考えられます。現に、エースセミナーに通う生徒たちも、文字式を知らなくても円とおうぎ形の問題を割と普通に解いています。小学生で習った円の知識を土台にして、πを使った計算方法をいったん習い、その後に文字式を覚えることで、より理解が深まる要素がないとも限りません。当然、文字式の授業の中で、改めて円とおうぎ形の問題について触れるなど、学校の授業内でも工夫がなされるのでしょう。
 やはり、教え方やカリキュラムの組み方について、正解や不正解を短絡的に結論付けてはいけないのだと思います。生徒たちが、どのように学ぶことによって、どのように学力を伸ばしていったのか、それは学力テストや入試結果といった数字上のデータも蓄積されていくでしょうし、自然に挙がってくる生徒の声も全て参考資料になるでしょう。確立した伝統的な方法を尊重することも大切ですが、それを何年間も踏襲するよりは、様々な方策を試行錯誤するほうが、未来は明るいものとなるのでしょう。
 塾には複数の学校から生徒が集まります。学校の授業内容、時間割、取り巻く環境、学校独自の文化、そのどれもが異なる場所に身を置く生徒それぞれに接していくことで、積み上げられていく塾ならではのノウハウや浮かぶアイデアは少なくないものと考えます。ですから、塾という存在は、単に学校の補助的存在にとどまるのではなく、積極的に日本の教育に貢献していけるのではないかと思います。そういう長い視点を持ちながら、目の前の授業準備に勤しむ日々です。



「今週のことば」2017年6月
 
 
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