「今週のことば」 2017年5月

<2017年5月第4週>
向山校 講師 藤河 健太
「より高い意識を持ってテスト対策に臨もう」 
    
 
 5月中旬から下旬にかけて近隣の中学校・高校で1学期の中間テストが行われました。
エースでは週末にテスト対策授業を行っているのですが、
テスト対策に取り組む皆さんの意識は大きく分けて三段階に分かれると思います。
 
①  嫌々来ている段階。
②  与えられた課題をこなす段階。
③  主体的に勉強する段階。
 
①は、定期テストのための勉強をしたくなくて、「部活です。」とか「体調が悪いです。」などと
ウソをついてテスト対策を休んでしまう段階。
テスト対策に来ても、他の事が気になって集中できず、早く帰ることばかり考えてしまいます。
まずは、ちゃんとテスト対策に来ること、学校や塾で与えられた課題を最後までやり切ることが目
標になります。
「テスト対策に来て、ちゃんと勉強すれば良い点数を取れる。」ということを実感できれば次の段
階に進みます。
 
②は、「テスト対策に来た方が良い。」という実感はあるのでサボりはしないけれど、与えられた課
題を終わらせることで満足している段階。
「今日は10ページも問題を解いた。」「今日は4時間も勉強した。」というように、ある程度の問
題数をこなしたことや、ある程度の時間を勉強に費やしたことで「僕(私)は頑張った。」と思い、
満足してしまいます。
(筆者の経験上、中学生はこの段階の生徒が一番多いように感じます。)
問題集を毎日20ページ解いても毎日10時間勉強しても、同じような問題が定期テストに出題された時に正解できなければ自己満足でしかありません。
「何ページ解いたのか?」「何時間勉強したのか?」ではなく、「今日のテスト対策で〇〇ができるようになった。」「この問題が出題されても大丈夫と言える状態になった。」という事が大事なのです。
「何のためにこの問題を解くのか?」
「何のために英単語や語句を何度も紙に書いて練習するのか?」
「この問題が定期テストに出たら正解できるのか?」
「どうしたら解けるようになるのか?」
という事を考えて勉強するようになると次の段階に進みます。
 
③は、「塾のスケジュールだからテスト対策に来る。」「先生から出されたから課題をやる。」というのではなく、「自分が定期テストで良い成績を取るために、テスト対策や学校や塾の課題を利用する。」という段階です。「自分が」というのがポイントです。
この段階の生徒たちは、学校の提出物等は家で終わらせるのが当たり前で、塾のテスト対策では家で勉強していて分からなかった問題についてひたすら質問してきますし、テスト対策の時間外でも塾に来て自習しています。
さらに「この単元が苦手なので、この単元のプリントを下さい。」と言ってきます。「植物の光合成と蒸散の実験のプリントを下さい。」と同じ単元の中でもさらに細かく問題を指定してくる子もいます。そうなるとプリントを作る側は大変なのですが、それだけ自分で考えてテスト対策に臨んでいるということなので、嬉しい悲鳴というものです。
 
皆さんはどの段階でしょうか?
同じようにテスト対策に参加していても、取り組む意識の違いによって効果は大きく変わります。
せっかくテスト対策に参加するのだから「塾のスケジュールだから。」という受け身の姿勢ではなく、より高い意識を持ってエースを有効活用して下さい。



<2017年5月第3週>
AO大泉学園校 室長 有川 正志
 
「人類が平和世界をつくるための手段」
 
 今の仕事に就いていつも脳裏に浮かぶ事がある。私が高校1年生の時、OBの先生が講演してくれた話だ。今も強烈に残っている。
それは「カエルの子はカエル、しかしながら人の子は人とは限らない。人間は正しい教育を受けなければ人間にはならない。オオカミに育てられればオオカミになってしまう」という内容だった。その時はじめて教育の重要性を知った。
 
 確かに時おり人間としての理性や思いやりを著しく欠いた行動を見かけて、胸が痛むことがある。
ノーベル平和賞を受賞したマララさんのような世界平和に命を捧げる素晴らしい人もいれば
極悪非道なテロリストになってしまう人もいる。
 
 ある識者は次のように語っている。
教育は、人類が共に豊かに暮らす平和世界をつくるための手段でなければなりません」と。
 
 全く同感だ。これこそが究極の教育だと思う。
 
 私は日頃「生徒一人一人の能力を如何に伸ばすか、成績を如何に上げるか」を考えているが、
それに加えて「世のため人のために喜んで生きる」「世界平和実現のために喜んで生きる」人材を育て輩出することをいつも意識して指導したいと思う。



<2017年5月第2週>
上井草校 室長 田草川 英毅
 
「大先輩に学べ、まねべ」今のうちにすべきこと。
 
 ミリオンセラーに輝く『知的生活の方法』を40年前に著された渡部昇一上智大学名誉教授が、先月永眠された。86歳になられた今年も、さまざまな雑誌に連載を抱えられ、テレビ番組や講演活動にも精力的にお姿をお見せになっておられたので、ショックを受けている人は多いと思う。
 私はここ数年、この年代の大先輩方のお話や書籍に触れる機会が増えていて、膨大な知識量と、深い思惟に圧倒されていて、うかうかしているうちにこの方々がどんどん鬼籍に入られてしまうという危惧をずっと感じていた。生徒の祖父祖母に当たるような方だと最早、戦後生まれやいわゆる団塊の世代の方が多いだろう。その一世代前の方々の、知識・教養・立ち居振る舞い・矜持や後の世代に対する深い思いなど、大いに勉強になり、参考にしたいし、我々の世代以降の人々にも吸収してほしいと思っていた。その最中に、言論界の大御所的存在の渡部先生の訃報だった。(あえて先生と言わせていただく。)
図書館といえるような、杉並の自宅に15万冊を超える蔵書の個人書庫で、お話をされる姿が動画で拝見できるが、矍鑠(かくしゃく)としていると形容する以上に、あまりの若々しさに感服してしまうほどである。大学時代に暗記したという、「マクベス」の冒頭部分をいとも簡単に暗唱され、記憶力は全く衰えていないどころか、最近の方が向上しているといっておられた。最近学習している「ロミオとジュリエット」の現代語版の暗唱さえままならないでいる自分は舌を巻かざるを得ない話であった。英語学の権威の位置を確立後に、他分野にも進出されて、歴史・政治などで600冊以上の著作があり、書かれている文章を読むと、その中で使う語彙の豊富さに唸り、また学校教育では学べない知識を教えてもらった。また話の中に軽妙に英語のフレーズが披露される。先生は亡くなられても、我々はその著作に触れることはできるので、将来は今のこどもたちにも参考にしてもらいたい。先生が子を持つ世代に、伝えたい心に残る言葉は以下の通り。
「親が子供にしてあげるべきことは、記憶と教育である。記憶というのは、子どもが親に愛されたという記憶のことである。」 合掌。



「今週のことば」2017年4月
 
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