「今週のことば」 2016年9月

<2016年9月第4週>
大泉学園校 室長 中村 一博

受験生を持つお父さん、お母さんへ


 10月になると受験生は、ギアを上げていかなければなりません。模擬試験の結果が出始めると、その結果に一喜一憂してしまいます。テストの結果で天国に行ったり地獄に落とされたりと。そして、そういう姿を見ながら、お父さん、お母さんも上がったり下がったりしてしまうというのが現実です。
 そして、私自身も子供を持つ親です。それで、今まで子供の大学受験、高校受験に親の立場で通過してきました。そこで、感じたこと。また、多くの受験生の保護者の方とも毎年、お話をする機会がたくさんあり、そこから学び取ったことを書いてみます。
 まず、親というものは、本当に無力な存在だということを痛感します。親は、愚かな存在で、どうしたら子供の苦痛を減らしてあげることができるかと、あれこれ考えるのですが、目の前で歯を食いしばっている子供には本当に何もやってあげられないものです。
 この時期になると、保護者の方からいろいろなご相談を受けます。「やる気がないのか、家で勉強しません。やる気を出るようしてください」という相談が多いです。もし、その子が目標を定めて、受験と向き合うことができていれば、険しい顔で「やる気あるの」という問いかけはしないでください。そうではなく、机に向かうまで、待つことです。忍耐がいります。でも、いつかは机に向かってくれる、と信じて待つことです。
 また、お子さんと未来志向の会話を積極的におこなってください。高校に入って、どういう勉強して、大学は・・・」というふうに。そうすることで前方に気持ちを向けてあげてください。一緒に話すことで夢の形がみえるようにしてあげてください。
 私が毎年、保護者に塾報で書いていることを最後に書きます。
 私は、「何もできない」と先ほど書きました。しかし、できることもあります。それは、傍らにいて寄り添うことです。そして、必ずこの子は合格してくれると信じて見守ってあげてください。
 ある書籍に、東大合格者の家庭の朝ごはんは彩が豊かだと書いてあるのを読んだことがあります。私は自分の子供たちの受験期には、朝食に、5品目くらい出したことを覚えています。ぜひ、おいしいものを食べさせるようにお母さん方にお願いしたいものです。実際、受験生の楽しみといえば、食事くらいのものです。
 また、私は、学校の送り迎えの車の中で、試験の結果や学校の様子など積極的に話をするようにしました。車という狭い空間では、不思議といろいろと話してくれるものです。
 さて、最後に大切なことを書いておきます。
 受験は子供の将来を決めていく大切な節目です。そういう大切な時期には、ぜひ、「祈り」が必要だと考えています。「祈り」というと何か宗教的なことだと思いがちですが、そうでなく、お子さんがこの時期に、いい準備ができて、試験ではいい結果が出せるようにという思いをどこかで貯めていくことです。そうすることで、子供に親の思い、愛情が必ず伝わると考えています。親子が一つになることで受験を乗り切ってください。



<2016年9月第3週>
向山校 室長  小嶋 守

「何のための勉強か?」


 表面上は全く同じ行動・動作をとっているのに、その結果・効果が大きく異なるということが頻繁にある。
 
 例えば同じレンガを積む作業をしていても、ただ言われた通りにやっているだけの人、個人的な事情が気になって早く片付ける事しか考えていない人、完成した家を想像しながらやる人、更にその家で幸せそうに暮らす家族の姿を思い描きながらやる人、歴史に残るような建築物を造るのだという気概をもってやる人・・・。
 
 勉強で例えると、英文を紙に書いて覚えようとした時に、2~3回で完璧に記憶し、発音もでき、更にその英文の言い替えなどまでできるようになる人と、5回やっても10回やってもできるようにならない人がいる。そしてできない人がよく言うセリフが「どうせ自分は頭が悪いから・・・」といった言い訳である。
 
 もちろん、記憶力に多少の個人差があることは否定しない(私自身、記憶力は悪い)。しかし、それ以上に「何を目指して、何を目標として行っているのか?」という目的意識が人によって大きく違うと思われる。先ほどの例で言えば、自分がその英語表現をネイティブ相手に使っている場面をリアルに想定し、まるで俳優のようにセリフを言いながら書いて覚えようとする人と、指示されたから仕方なく機械的に作業として黙々と英文を書き続けるだけの人では、同じ回数でも結果に天地の差が出るのはむしろ当然であろう。
 実際に通訳を生業としていたり、仕事で海外に行くことが決まっていたりする人、留学やホームステイが決まりその準備をしている人、海外へ旅行するので少しは話せたらいいなあと思っている人、目の前のテストで良い点を取ろうとしているだけの人、ただ何となく「英語ができたらいいなあ」と漠然と思っているだけの人。
 
 例を挙げればきりは無いが、生徒にも、自分自身にも「何のため」という目的・目標を問い続けたい。その目的がより大きく、そして個人的なものよりもより人のためにも役に立つような目的を持てるようになれば、自ずと結果も違ってくる。
 利他的で、大きく、明確な目的が持てれば誰に言われなくても自然とその実現に向けて努力するだろうし、その努力もさほど苦にもならないだろう。それが本当の「やる気」ではなかろうか。



<2016年9月第2週>
新座北野校 室長 竹鶴 智宣


中学数学の広がり
 

 中3になると、夏休み前に二次方程式を勉強することになるが、方程式の解の公式の歴史について学ぶ機会はあまりないと思う。退屈かもしれないが、少し我慢して付き合ってほしい。
  二次方程式の考え方は紀元前のユークリッド原論までさかのぼることが出来るらしい。また二次方程式に解が2つあることは、9世紀にアラビアの数学者アル・フワ-リズミが気付いていたそうだ。その後16世紀には、カルダーノによって3次方程式の解の公式が、そしてフェラーリによって4次方程式の解の公式が発 見された。そうすると、当然のことだが、5次方程式の解の公式を多くの数学者が研究し始めることになった。しかし100年たっても200年たっても誰も発見できなかった。これだけ多くの人が、しかも長い期間にわたって研究しても解の公式が見つからなかったので、ただ闇雲に発見を目指すという方針を反省する数学者が現れた。ラグランジュは,5次方程式の解の公式は存在しないのではないかと考え始め、論文にまとめた。その論文に触発されて、まずアーベルが5次方程式には解の公式が存在しないことを証明した。その後、ガロアが解の公式が存在するための条件を明らかにした。19世紀、フランス7月革命の頃のことだった。この考え方は群論という理論に発展し、現代数学に重要な位置を占めるものになった。
 ここで少しガロアについて述べておこう。ガロアの父親は公立学校の校長から、その町の町長になった人物で、母親も教養のある人物だった。ガロアは12歳までこの母親のもとで教育を受けた。13歳になってリセ・ルイ・ルグランに入学した。1年目はラテン語やギリシャ語で優秀な成績を収めることが出来た。しかし2年目には学業をおろそかにするようになり、結局留年したらしい。暇をもてあましたガロアは、あまり重要ではないと考えられていた数学の授業にも出席するようになった。歴史のいたずらとでもいえそうだが、そこで彼の才能が開花した。幾何学の教科書を読み始めると、すっかり夢中になり、2年用の教材を2日で仕上げた、と当時の学友が証言している。その後も独学で数学の研究に打ち込み論文を発表していった。
 ガロアは21歳で決闘に負けて死んでいるから(この辺の事情は自分で調べてください。大変な事情があったのです)、5次方程式の問題を考え始めたのは10代後半の頃らしい。今の中学生か高校生の年代だ。ガロアに直接聞いてみたわけではないが、彼が数学を勉強し研究した動機は、何か目的があってのことではなかったと思う。多分、ただ夢中になっていたのだ。人は誰でも何かに夢中になると、信じられないような結果を生み出すことがある。それは一握りの天才だけに許された能力ではない。それは誰にでも、そして今このメッセージを読んでくれているあなたにも秘められた能力なのだ。



「今週のことば」 2016年7月
 
お問い合わせ