「今週のことば」 2016年5月

<2016年5月第5週>
石神井本校 講師  吉田 満典

まだまだ元気で長生きせねば・・・
 

5月の中旬のことである。今年の春に高校1年生になった卒業生が久しぶりに顔を見せに来てくれた。というよりは数学がやばくて助けてほしいというお願い事だった。中学のときから数学が得意ではなかった彼女だが、いつもニコニコ元気な子だった。その笑顔に負けて補習の時間を後日取ってあげることにした。中学校の中間テスト対策の真っ最中だったので、それに差し支えないことを条件にし、土曜日の出勤時間前や自分の休みの日を利用して行うことになった。
 
どの問題が分らないというより、ほとんど試験範囲の全部に近かった。高校数学は中学校のときよりさらに抽象的な内容が多く、テクニックや丸暗記には限界がある。そのため、何を求めたいのか、なぜそう解くのかを一問一問丁寧に用紙に書いて説明をした。1、2時間はあっという間に過ぎてしまう。「わかったような気がする」から「本番で解けるようになる」には、もう一度自分で解き直すことが不可欠だ。毎年、この時期には幾人かの卒塾生がテスト直前に助けを求めてくる。そのほとんどが「わかったような気がする」で終わってしまい1回きりで来なくなることもある。でも彼女は違った。
 
塾の中間テスト対策が終わってから毎日夜の10時ごろにやって来て、遅いときには11時半まで質問をして帰る。付き合うこちらも大変だが、卒塾した子供たちにも負けずに、諦めずに、頑張ってほしいという気持ちが湧いてくる。実は彼女は第一志望の都立高には少し及ばず、悔しい思いをして私立高に通っている。だから、できる限りサポートしたいという思いもある。
 
そして彼女は夜に塾に来る前に、かなり勉強して質問をしぼってくるようになり、日に日にできるよ うになってきた。後半は数学だけでなく物理にも質問が及んだが、とても楽しそうにやる気満々でしっかり学んで帰って行った。少し何か自信がついてきた様子 だった。悪くても必ずテスト結果を報告するようにと最後の日、塾の玄関で見送った。
 
数日後、奇跡が起こった。夕方、塾のドアが開いたかと思うと学校帰りの彼女が満面の笑みを浮かべて元気よく入ってきた。
 
あの数学がなんと100点だったのである。それも学年で一人だけ。お互い喜び合いながらうれしい時間を持つことができた。でも彼女はその後少し困った顔をしながら、「これからが大変。だってクラスのみんなが数学の質問を私にしてくると思うから・・・。その時はまた助けてください」と舌を出しながら笑う顔は輝 いていた。
 
卒塾したら全てが終わり、なんてことは絶対にしない。エースの先生たちはみな同じ思いである。エースの生徒の子供まで預かって授業がしたい。まだまだ元気で長生きせねば・・・。



<2016年5月第4週>
大泉学園校 講師 木津 誠一
 
定期テストでワクワクしていますか?
 

5月下旬となり、すでに夏を感じる気候が続いている。
3学期制へと移行した(戻した)練馬区の中学校では、中間テストの結果が返却される頃。
 
結果が出た教科は、得点を記入し、良かった点と反省点を生徒に書いてもらう。
ここで、「次に向けて何を改善すべきか」と考えられる人と、その場限りの反省で終わらせようとする人がいる。すでにここから、次のテストに向けた準備の差が出始めている。
 
意外に多くの生徒が、「テストの得点」とは「頭の良さで決まる」と考えがちである。
しかし、そう結論づける前に、自分自身に確認してもらいたいことがある。
 
「今回のテストで、自分は何を目標にして、どのくらい努力したのか」
 
まず、定期テストで確認すべき重要な点は、「自分の頭の良し悪し」ではなく、「学習単元の習熟度」である。つまり、「教科書や学校での学習内容をどこまで理解し、できるようになっているか」ということだ。
 
友人と得点を比べて「勝ち負け」を競い合うのは悪いことではないが、本質的に目を向けてほしいのは、「得点そのもの」よりも、「得点の中身」と「その得点に至った経緯」である。
反省を通して学ぶべき点が多くあるはずだ。
 
もう一点、重要なポイントは、テストに対する「気持ちの差」である。
 
テストで結果を出せる人は概して、「いい得点を取りたい!」という願望が強い。
あるいは、「緊張感」、「プライド」、「負けん気」がある、とも表現できるだろう。
そして、目標に届かなかったとき、ライバルに負けたときの「くやしさ」を知っている。
その気持ちが、自然と「勉強への努力」に結びついていく。
 
一方、教科の好き嫌いで勉強量を決める人もいる。
嫌いな教科に対して勉強量を増やしてくれればよいのだが、たいていはその逆。
だから、ますます嫌いな教科では結果が出ないことになる。
 
塾としては、「わかった!」「できた!」の経験をどれだけ多く持たせてあげられるかに意識を置いている。勉強の楽しさ、喜びに目を向けていくことができるように。
 
がんばった分だけ、がんばれた自分を好きになれるし、本当に勉強したら、自分の努力した結果が見たくなるものだ。そして、緊張とともにテストが楽しみになる。
 
せっかく勉強するのだから、テストごとに憂鬱になっていないで、「次はもっと成績を上げて、もっと上にいくぞ!」というワクワク感を持って勉強、そして定期テストに取り組んでもらいたい。生徒全員がそうなっていってほしいという希望を抱きつつ、私もワクワクしながら毎回の授業に取り組んでいきたい。



<2016年5月第1・2週>
東久留米幸校 室長  福永 浩之

学ハ人タル所以ヲ学ブナリ(其ノ弐)
 

私事で恐縮ですが、先月引っ越しをしました。西武園遊園地や狭山自然公園のすぐ近くです。毎日自転車で多摩湖を眺めながら通勤するのですが、この季節、若葉が実に綺麗です。エメラルドグリーンに彩られた公園内の、少し起伏のある下り坂を自転車で下ると、ちょっとしたジェットコースター気分が味わえます。勿論周囲に十分気を配りながらゆ~っくり通っていますが、一度はノーブレーキで一気に下ってみたいものだと、毎回年甲斐もなくヘンな衝動に駆られてしまいます…。
 
兎に角この季節、「気」というのか、エネルギーというのか、何やら「新たな生命の力」といったものが感じられ、おまけに花粉も 収まりクシャミも出て来なくなって、本当に良い時であることは確かです。そんなGOODでHAPPYな季節に生徒諸君も新しい学年に上がり、新しい環境で 毎日を過ごしながら少しずつ落ち着いてきた頃かと思います。
 
連休も終わり、多くの中学校では今年度最初の定期テストが実施される時期となりましたが、塾では「テスト対策」期間の真っ最中。テストに向けて、いつも通って来る曜日ではない日にも勉強をしに来る生徒達で連日大賑わいです。テス ト前の土日ともなると、全ての教室が生徒達でごった返します。今現在既に成績が優秀である者も、これから伸びていく者も、一人ひとり全ての生徒達自身が納 得し満足できる結果を掴み取ってもらいたいものです。
 
ところで「テスト対策」と一口で言っても、捉え方は色々あります。多くの生徒達は、「これをやっておきさえすれば必ず高得点が取れる」的な「対策教材」を欲しがるようなのですが、私はそういった類のものを生徒達に提供したことは、長い塾人生活の内でただの一度もありませんでしたし、これからもありません。「テストで良い点を取ること自体が勉強の目的」であるとは思わないからです。
 
テストで「良い点を取る」ということは、「目標」ではあっても、決して「目的」ではないのですが、その辺り“まだ”見えていない生徒達が、今の時期には多くいるものです。表面的にしか物事を捉えられないのが“子供”なのですから、当然のことです。ただ、「周りの大人が何もしないのに子供自身が勝手に“自ら悟り、自らの責任で行動する”ようになる」などということは、まず考えられないでしょう。やはり「周りの大人が自らの行動で示してあげ、時には話して聞かせてあげる」といったことが、「子供達の“人”としての成長」には欠かせないものであると、私は思うのです。
 
そういった観点でテスト対策というものを捉えるならば、単に「○×をつけて、正解を赤ペンで書き写す」「正解や公式を丸暗記する」といった作業だけで“終わる”ことなどあり得ない話です。
「勉強」というものは
「知らなかった知識を身につける」
「できなかったものをできるようにする」
「身につけた知識や技術を的確に使いこなして自分の頭で判断し、人として責任ある行動を取れるようにする」
などといったことのための取り組みではないでしょうか。
 
「テストで○○点取る」「そのために□□と△△を××までに行う」といった具体的で明確な“目標”に向かって本気で取り組む中で
「今の自分の実力では対処することが困難であるような状況に直面した時にどう向き合うのか」
「目標達成を果たせなかった時、どのように捉え、今後の行動にどう反映していくのか」
「一つの目標を達成した後、次の目標をどのように設定し、取り組むのか」
「失敗してしまった時に、人としてどうすべきなのか」
等々、“学ぶ”べき内容は実に多いと思いますし、そういった事柄を、自らの日々の行動を通して子供達に伝えていくことは「大人としての務め」であると思うのですが、読者の皆さんは如何お考えでしょう?
 
「人たる所以を学ぶ」ことが「学問の本質」であるという吉田松陰の言葉、なかなか奥が深いですね。



「今週のことば」 2016年4月
 
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