「今週のことば」 2015年8月

<2015年8月第4週>
保谷校 室長  野澤 幸夫

「時」
 

 先日、何気なくある記事を読んでいて、とても考えさせられる言葉に出会った。それは、ノーベル平和賞受賞者のマザーテレサの言葉である。
 
思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
 

 なるほど…。久方ぶりに自己省察の時間をたっぷりと取る機会を与えてもらった。
 もっと早く出会っていれば…、と考えた。しかし、この時でなければ軽く読み飛ばしてしまっていたかもしれない…、とも思った。
  このことを通して、いろいろ教えられた。その中から、「心に残る出会いには、時がとても大切であること」を学んだ。そして、それは、これに限らず、全てに おいて言えることかもしれない。すると、今までもこのような貴重な言葉等に出会い、我知らず導かれるようにして今に至っているのか…、とにかくあれやこれ やと深く考えさせられた。

 さて、長い夏休みも間もなく終わり二学期が始まる(西東京市は三学期制)。この間、ふだんの生活では出会えな い様々なことが、各自あったことだろう。その中から、新しい自分を創造していくきっかけになるようなことも沢山あったはずだ。ふと、足を止めて自己省察の 時間を取るのはどうだろうか。きっと素晴らしい時間になることと思う。
 人は誰しも向上心、向学心を持っている。この心が歴史を動かし、今日を作 り、そして未来を作っていく。その根となる何かを持ちたいものだ。NHKの大河ドラマ『花燃ゆ』の前半シーンの吉田松陰の台詞の中に『君の志は何だ。』と 度々出てきた。今、この文章を書きながら、今の日本の礎となったこのような多くの志士たちにも、想いを馳せることができた。本当にありがたい言葉との出会 いだった。



<2015年8月第2週>
AO大泉学園校 室長  有川 正志

天与の可能性を信じる
 

 私が中学生だった頃、母が独り言のようにこんなことを言った。
「お前は生まれた時小さくて、はじめは母乳も粉ミルクも全く飲まなかった。ほとほと困り果てた。困り果てた末に飲ませたおもゆだけはなぜか飲んだ。そして奇跡的に生きた」と。
 またある時、叔母を通してこんな母の言葉を聞いた。
「この子は長生き出来ないかもしれない。厄年(数え42歳)を越えられるだろうか?」と。
 母は多くを語らない。私を育てるのに死ぬような思いをし、想像できない程の苦労をしたに違いない。その私がもう50を越え、やがて還暦を迎える。
 母は会うたびに「ようここまで・・・・・」と笑みを浮かべて喜んでくれる。親の恩とは計り知れない。少しでも親孝行しなければと思う。
 
 ところで、時おり保護者や生徒からこんな質問を受ける。
「この子、今から間に合うでしょうか?」
「先生、○○高校に入れますか?」
 私はこう答える。
「お子さんの可能性を信じて精一杯サポートしましょう!」
「自分の可能性を信じて全力を尽くそう!」
 
 今年の夏は猛烈に暑いが、生徒達も一所懸命がんばっている。
 
 母が私に尽くしてくれたように、子供たちの天与の可能性を信じて、これからも社是にある「完全投入」の教育をしていきたい。そして、一人ひとりの可能性を広げたいと思う。



<2015年8月第1週>
AO石神井公園校 室長代理  田中 浩介

  夏期講習会もたけなわ。そして、この夏もまた、中3の勉強合宿が開かれる。今年のテーマも去年に引き続き「志(こころざし)」である。もちろん、塾に通う のは、成績を上げるため、少しでもいい学校に合格するためであるが、もう一歩その先を考えてみよう。その先に目指すものがあるなら、もっと力が出るし、 きっと希望も広がるだろう。

 自分の子供のときを思い返して見た。すると、もう何十年ぶりかで、ふと、よみがえってきたのが、「世のため 人のため」という言葉。ほんとうに忘れていたし、最近は耳にすることが少なくなったような気がする。年配の人たちは、ごく普通に捉え、誰もが持っていた考 えのように思う。昔、親に知らない間に教え込まれていたのだろうか。将来何をしたいかと問われたら、世のため人のために・・・になる、などと考えたり言っ たりしていた。夢を持つなら、自分のためではなく世の中のため人のため。それを自然にそう思える素地が出来ている。戦後、全体主義、集団主義が排除され、 個人が尊ばれて来たが、戦後70年たって、極端な個人主義に対する弊害も見えてきた昨今、再考してみたい言葉である。

 「世のため人のため」

 改めて今、すばらしい、価値のある言葉だと思った。「志」を思うとき、ちょっと、ともに考えてみてはどうだろうか。そして、改めて、小さいときの親の教育のありがたさ、大切さを思わされた。



「今週のことば」2015月7月
 
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