「今週のことば」 2015年1月

<2015年1月第3週>
早宮校 室長 前島 剛


「合格するのにふさわしい人になる」
 
 1月も下旬となり、受験生にとっては3年間の勉強の集大成としての高校受験のシーズンとなった。
間近に入試を控え、勉強に対してエンジン全開の生徒、一歩一歩じっくり勉強している生徒、不安で不安でたまらない生徒と受験生といっても様々だ。
 自信満々で受験に向かっていく生徒はさほど多くはないだろうが、そんなこの時期の受験生を見ていて毎年感じることがある。それは生徒の人間としての変化だ。それも急激な変化。 
 勉強が決して得意ではなかったとしても、それまでの好きなことややりたいことを我慢し、逃げずに努力し勉強と向き合う中で、忍耐力が付いたり、集中力や継続力が付いたりと、気が付くと人として大きく成長してたくましくなってきている。たったこの数ヶ月の間に。そしてその結果としての志望校合格。高校に合格するとはきっとそういうことなのだと思わされる。
 
   合格とは “手にするもの” ではなく “成るもの” 
 
 その高校に合格するのにふさわしい人間に成ることだ。
 大きな成長の体験を与えてくれる受験。その貴重な機会を大切にして、受験当日まで価値ある時間を過ごせるよう、私も生徒と共に一層努力していきたいと思う。



<2015年1月第2週>
向山校 室長  小嶋 守


「感動する生徒は伸びる」
 
特にここ何年か、「成績が伸びる生徒とはどんな生徒か?」という事について、考えを巡らし、様々な人にも意見を聞き、書物も読んでいる。
 
そうして得た観点の一つが「感動する生徒は伸びる」という点である。
 
先日の授業中にも、正月に観た映画のセリフの話をした。
“ride”は主に「何かにまたがって乗る」時に使う言葉なので、自転車やオートバイ、馬などに乗る時に用いるが、小さな娘が父親に「肩車して!」とせがむシーンで、彼女は“Give me a ride!”と言っていたのだ。
 
私は「なるほど!」と感心したので、その事を生徒に伝えたのだが、「へえ~!なるほど!」と感動した生徒と、「それが?」と関心を寄せない生徒とに別れた。
全く同じ情報にふれながらも、感動できる生徒とそうでない生徒・・・。この両者のこれからの成績の伸びは全く違ったものになるだろう。そして、日々の生活の積み重ねである人生そのものも。
 
私自身、いつまでも感動する心は失いたくないし、講師として、出来るだけ多くの感動を生徒にも伝えたいし、何よりも授業そのものが感動できるような内容になるよう精進していくべしと、新年の決意を新たにしている。



<2015年1月第1週>
早宮校 講師  中岡 秀彰


手まりつきつつ今日もくらしつ
 
新しい年を迎えた。冬期講習の激務から解放された束の間の正月休み、妻の実家で寝正月ときめこみたいが、子どもたちにとって大人の寝正月ほど退屈なものもあるまい。
今年、五歳になる姪っ子がぐずりはじめ、公園にでも気晴らしに出ねばどうにもおさまらなくなった。
小1の次男と三人、手をつないで武蔵野の小径をあるく。午下がりとはいえ、1月の日差しは低く、三つの影は淡く長い。正月の公園は人影もなく遊具だけがぽつねんとしていた。
ラクダの遊具を相手にママゴトに興じていた姪っ子は、いつのまにやら背中のコブの上で片足バランスをしはじめた。かたやアルプスの少女ハイジよろしく天まで届けとブランコをこぐ次男。まったく子どもらの遊び心はきりもないが、正月から怪我をさせてはならぬとこちらは気が気でない。
そんな折、脳裏に浮かんだのが
 
霞み立つながき春日を子どもらと手まりつきつつ今日もくらしつ
 
 江戸後期の歌人・良寛(1758~1831)の和歌である。飽くことなくひねもす子どもらと遊びに興じ続ける良寛さんの偉大さをここぞと思い知る。そのパワーの根本にあるのは子どもたちに対する無尽蔵の慈(いつく)しみに相違ない。
 エースの「一人ひとりを大切に責任指導」の精神をまっとうするには良寛さんを模範とせねばなるまい。まだまだ修行が足りん!
 霞み立つながき春日とまではいかないが、新春の小春日の中でふと新年の決意が与えられた。
 

「今週のことば」 2014年11月
 
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